![]() |
|||
|
リサール記念像 |
|||
|
リサールは1861年、ルソン島ラグナ州のカランバで、富裕なメルカド家の7番目の子供として生まれました。サント・トーマス大学で詩・医学・哲学を学んだ後21歳でスペインに留学。そこで自由な思想と新しい理念を学んだ彼は、今でも人々に愛読されている処女作「ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)」を著し、スペインによる祖国への弾圧を批判しフィリピン人自身による改革を訴えました。その後スペイン政府によりミンダナオ島に流されるなど、激しい弾圧を受けながらも活動を続けるが、1896年フリピン革命が起きると先導者として逮捕され、12月30日に銃殺刑に処せられました。公園入り口の正面に位置するリサール記念碑は彼の処刑跡で、その地下には遺体が埋葬されており、警備員によって常時警護されています。 |
||